たしかに

「ねえねえ、岩なんて登って何がたのしいの? 痛いし、辛いし、登りたいなら反対側から行けばいいじゃん」

「力を強いて取り出すのがたのしいんよ」

「?」

「ふだん50しか出ないものを、どうにか70とか80まで取り出す。自分の中の見えない資源にアクセスする感じ、そういうのがおもしろい」

「超辛そうだけど」

「やけん、そこには身体が持つ力を十全に発揮できているという充実感が伴う。それ自体はかなりポジティブな感覚といえるな」

「めちゃくちゃ力出したいってこと? ファイト一発! みたいな」

「ただ爆発的に力を出すだけでなく、それを制御するというのがキモ。自分にとってものすごい力を取り出すだけでなく、それを岩を登るための動きの実現に向けて精密に配分していく。無我夢中でもガムシャラでもないんよ」

「ややこしいな」

「ものすごい力出して、頭真っ白になって、次のホールドを忘れてしまう、そういうのもキライじゃないけど、その先の状態に入ること。かなり澄んだ明晰な意識、「登る」という強靭で透徹な意思だけが残る、そういう状態になること。登るための純粋な一個の存在になるところまで、自分で自分を持っていくというプロセス。

 それが登っているときに殆どいつでも訪れ得る、ギャンブルでいえば5分で鉄火場。アップが終わったらいきなりボス戦に入れて、しかも自分で降りない限り何度もリトライ可能。こんな恵まれた遊び、ある?」

「それって社会の役に立つの?」

「それが他に殆ど何の役にも立たないからこそ、行為として純粋で、したがってそのための動機も純粋になる。これは人間にしかできないことだ。獣は役に立たないことに血道を上げたりはしない。趣味として最高に贅沢で、またこの上なく純度が高い。金を積んでもこの感覚は買えないだろう」

「クライマーってMなの?」

「クライマーは限界を押し上げるのが好きなだけだ。Mだ何だと決めつける人がいるが、たぶんそいつはただの考えなしか、根性なしか、その両方で、いずれにせよ、そんなのはまやかしだから気にせんでよろし。どんなスポーツにも苦痛は伴う。

 根性があって、強靭な意志と身体を持ち、それでいて酔狂で、役にも立たないことがらにどこまでも真剣な種族。すこぶる魅力的じゃないか?」

「なんかめんどくさそう」

 はっは!