守破離

 玉磨かざれば器を成さず。人学ばざれば道を知らず。 

―『礼記』―

 

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 完璧さを求めないことで完璧よりよくなる。偶然まかせではダメだが、偶然を受け入れる準備ができているといい。

 ・・・まるでものづくりのような仕事ぶりだ。作る前から完成形がわかっているものにはあまり当てはまらないが、そうでない場合、作りながら理想の形が変わっていくのだから当然のような気もする。

 

 ものづくりというか、何か形あるものを生み出そうとする作業というのは、オープンエンドというか、終わりがないのではないかと思う。作る過程でフィードバックを受け、それに反応してまた次の手の動きが変わってくる。こういうのを「行き当たりばったり」と言われてしまうと途端に立つ瀬がなくなるから始末が悪い。

 

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 机上で描いていたムーブは、壁に入ると大抵は実現できない。だから壁の上でもがいて、実行できて最終的に課題を完登することができたら、結果としてそれが正解ムーブになる。

 

 クライミングではいちおうゴールが設けられているものの、理想と現実のギャップを埋めていく中で、いつでも想定と違うことが起こる。予想外の事態を受け入れ、その中で創意工夫することが求められる点で、両者は似ているように思う。

 

 逆に、コントロールフリークというか、自分のやり方に周囲を巻き込もうというのは、不安の裏返しなのではないかと思うようになってきた。むろん、状況をコントロールしようと最大限努力するのだが、その上で不確実性の中に己を投げ込んでいく、流れ流される中で必死になって望む結果をたぐり寄せようとする、その時に発揮されるのが人間の精神の力で、ものづくりであれば、それが出来上がったものに宿る。

 

 クライミングの場合はどうなるかというと、岩にかじりついて必死になっているクライマー自身がひかり輝くのであるが、それで平気で落ちて周りとゲラゲラ笑っていたりするから、これもまた始末が悪い。